俳文復活の夢
湯浅 信之
「若さの秘訣」を伝授してほしいとの依頼を受けたが、平均寿命に後一年を残す私には、その資格はあるまい。世阿弥は、芸能は「寿福増長の基、遐齢延年の方」と言っているから、何か一芸を楽しむのは若さを保つのに良いのかも知れない。
 東京に移ってからも英文学の読書会は続けているが、新に其角座において、古典俳文の英訳や、俳文コンテストの審査をしている。日本では子規以後次第に忘れられた俳文だが、外国では人気が高まり、昨年のコンテストでは、インド、南アフリカ、クロアチアなど、17カ国から99編の応募があった。私は日本でも俳文を復活させる夢を見ている。
 昨年の最優秀作品から一節を引用しよう。英国のジョン・パーソンズ氏の作で、友人の突然の死と、森での風葬を主題としているが、作者の愛情が言葉の端々から感じられる。
 彼女の死は突然であり、何の予告もなかった。その直前に我が家の直ぐ近くの田舎道で出会い、立ち話をしたことがあった。晴れた明るい将来を約束するような日で、我々は車を並べてとめたが、頭上では燕が高い声で鳴いていた。
  点々と木陰に光る虻の群
 今や葬儀を終えて、彼女が愛した木々のなかで、数少ない友人たちが手を取り合って立っている。
鳥の鳴き声のほかに何の音もしない。我々は彼女を優しく抱き、心を一つにする。
  ハシバミに揺れる蜘蛛の巣灰化粧
作中の二つの俳句は、巧みに生と死のイメージを交錯させている。俳文は誰にでも書ける。皆さんも是非俳文に挑戦して頂きたい。心を豊かにして、若さを保つために。
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