28期 安藤 志保


 「自由」に憧れていた学生時代。英語を勉強するようになったのは、日本語にはない「音」への興味と、「自由の国」という枕詞とともに見聞きすることの多かったアメリカへの憧れだったのかもしれない。伝統やルールに対しての反発もあり、良い学生だったとは決して言えない短大生活の中で、文学のレポートを締切までに提出しておらず、学長室に呼び出されたことがあった。
 それから二十数年が経った今、自分を縛るものに見えて反発していた伝統やルールといったものが、実は、胎児が母に繋がるへその緒のように、温もりを持って脈々と受け継がれてきた繋がりなのだという思いとともに、清心スピリットという言葉は、自分のルーツに還るような安心感を持って響いてくる。
 今年二十歳になる長女を出産後、ライフワークとなった環境・平和・命を守っていく活動もまた、「繋がり」が重要なキーワードである。例えば、ごみの問題にしても、あまり意識に上ることのない、どこでどうやってつくられたものを支持し、選んで買い、また必要なくなったものがどう処理されるのかという一連の流れを見せることが始まりとなる。この流れにあまりに無頓着に大量消費社会を作り出した結果、私達は今、地球規模で危機的な時代を迎えている。これまで市民活動として取り組んできた、この大きな課題に、ご支持いただき、今春からは三原市議として取り組んでいくこととなった。
 冒頭の学長室に呼び出された顛末は、入室一番「あなた、文学の単位は要るの?」 と訊かれて、思わず、「はい」と応えたところ、「じゃあ、レポートをお出しなさい。」と、因果の繋がりをサラリと諭されて終わり、この体験は、その後の子育ての軸となり、今でも私の心の拠り所となっている。

 天国から見守ってくださっているシスター雜賀へ、感謝を込めて。
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